麒麟の由来
麒麟(きりん、中国語でチーリン:qílín)は龍、鳳凰、亀と並ぶ古代中国の四瑞の一つに数えられる伝説上の動物です。鳥類の長である鳳凰と並んで、獣類の長とされています。「仁獣」とも呼ばれ、中国では古くから平和を守るシンボルとして考えられ、麒麟の出現は瑞兆(ずいちょう)(吉兆=縁起の良いこと)とされています。1000年を生き、その鳴声は音階に一致し、歩いた跡は正確な円になり、曲がる時は直角に曲がり、単独で行動することを常とすると言われています。普段の性質は非常に穏やかで優しく、食事も枯れた草しか食べず、足元の虫や植物を踏むことさえ恐れるほど殺生を嫌うため、足を地面につけないと言われています。いかなる生命をも傷つけず、博愛、いつくしみ、おもいやり、慈愛を意味する仁獣であり、瑞兆として姿をあらわす瑞獣です。このような麒麟の心は、仏教の教えに通づるところがあります。さらに、中国では、夫婦や親子関係の不和、仕事やお金に関するトラブル、家族以外の人との人間関係のトラブル、家族や家に対する誹謗・中傷・いやがらせなど、「家」や「家族」に関するすべての災厄から守ってくれる動物だとされ、風水においても広く利用されています。中国では、王が仁ある政治をおこなう時のみ姿を現すとされ、伝説では漢の武帝の世に麒麟が姿を現したといいます。武帝はこれを記念して、麒麟閣という御殿を造ったと伝えられれています。また、孔子の母は麒麟の足跡を踏み、それによって孔子を身ごもったと伝えられています。その他、麒麟は将来の聖王を世に遣わすと信じられ、これを「麒麟送子(きりんそうし)」と言います。そしてここから、才にすぐれ将来を期待される少年のことを指す「麒麟児」という言葉が生まれました。コウノトリが赤ちゃんを運んでくるというお話しは有名ですが、中国では赤ちゃんは、観音様と伝説上の動物、麒麟(キリン)が運んでくると言い伝えられています。この麒麟が天界から運んだ子を神童と呼んで、大きくなって科挙試験に首席で合格するというので、人々は麒麟が子供を送り届けてくれるように祈るのだそうです。日本でも聡明な児童のほめことばを、麒麟児といいますが、この由来によります。
麒麟は、玄武(げんぶ)、青龍(せいりゅう)、白虎(びゃっこ)、朱雀(すざく)の、四つの聖獣(しせいじゅう)の頂点に位置する物でもあります。東西南北の包囲のうちの中央を守護する動物で、五行では『土』属性をもっています。鹿の体と牛の尾、馬の蹄と、頭に肉で出来ている武備(他に危害を加えることのないよう先端に肉がかぶさった角)をもつ動物で、背丈は五メートルほど。360種類いる全ての毛をもつ動物の長でもあります。心優しい性格なので殺し合いなどがない君子の政治が良い時に現れて野遊びをすると言われていました。また、聖者が世に出る前触れとしても現れると言われ、食事も枯れた草しか食べず、麒麟を傷付けることや屍骸に出くわすことは不吉なことと言われました。歩く時に生きた虫などを踏むこともなければ草を踏むこともないように、麒麟は足を地面につけないといわれており、そのためか落とし穴にも罠にも掛かることは無いようです。行動は至って計画的で、遊ぶ場所さえも地を選び、その場所を熟知しているというそうです。麒麟の鳴き声は音楽の旋律といっちしており、雄が泣くのを遊聖(ゆうせい)、雌が鳴くのを帰和(きわ)といいます。そして、春に鳴く事を扶幼(ふよう)、秋に鳴くのを養綏(ようすい)といいます。体の色で呼び方もかわります。鱗が青いものを聳弧(しょうこ)、赤いものを炎駒(えんく)、白いものを索冥(さくめい)、黒いものを角端(かくたん)といい、黄色いものを麒麟といいます。特に黒の角端は日に一万八千里を行くという早足を持っています。
麒麟の王国
麒麟獅子舞
鳥取では、獅子が舞わずに麒麟が舞います。獅子舞とは、日本各地で、正月やお祭の時に行われる、獅子頭を頭にかぶって舞う民俗芸能の事です。現在では日本全国地方によって様々ですが、主にお正月などの縁起の良い日に行われます。疫病退治・悪魔払いをするものとして大衆に広く信じられています。日本での獅子舞の始まりは、16世紀初め、伊勢の国で飢饉〔ききん〕、疫病を追い払うために獅子頭を作り、正月に獅子舞を舞わせたのが始まりといわれています。その後、17世紀に伊勢より江戸へ上り、悪魔を払い、世を祝う縁起ものとして江戸に定着し、祝い事や祭り事で獅子舞いが行われるようになりました。獅子舞が日本の各地に急速に広まったのは、室町時代から江戸時代の初期のころに、「江戸大神楽師〔えどだいかぐらし〕」、「伊勢大神楽師〔いせだいかぐらし〕」と呼ばれる団体が全国を獅子舞を踊りながらまわり、悪魔払いをしたのがきっかけであると言われています。ご存知のように、ピーヒャラ、テンツクと舞うのは普通は獅子の頭ですが、鳥取地方で舞うのは、伝説の動物、「麒麟です」。舞うのが麒麟だからといって、「麒麟舞」とは呼ばれず、名称は「麒麟獅子舞」と呼びます。麒麟獅子は、鳥取県の東部(因幡地方)と兵庫県の北部の一部に古くから伝わる獅子舞です。麒麟獅子舞は、初代鳥取藩主池田光仲(祖母は徳川家康の娘)が、徳川家との、血のつながりを、内外に示す必要を感じて樗谷に因幡東照宮(現在の樗谷神社)を建立した際に始めたのが始まりといわれています。麒麟は優れた王が出現する時にのみ現われると言われ、また、その国の帝が徳の高い聖人であるときだけ姿をあらわす動物で、徳川家康はこの麒麟を守護神として崇めたそうです。家康の遺徳と、自らの権威を象徴せしむうるうえで、獅子を麒麟にかたどらせました。徳川氏・池田氏の権威を象徴するものとして、獅子を聖獣の麒麟に、道化を猩々(しょうじょう)にしたとされています。光仲は麒麟に執心で、因幡東照宮(樗谷神社)に奉納した3振の神剣のうち、2振の鞘には、合計14頭の麒麟の蒔絵が施されています。また、光仲は、麒麟獅子と言う創意を実現するために、「獅子庄屋」を城下におき、、鳥取県東部の大小の神社における獅子舞の指導並びに、取り締まりにあたらせたそうです。現在も140を越える麒麟獅子舞いが毎年神社に奉納されています。麒麟獅子は、麒麟がモチーフになっているため通常の獅子舞よりも面長な獅子頭で、色は金色、一本角があり、耳が逆立っている。胴幌は赤色で、背筋の部分は黒色となっています。麒麟獅子は頭に1本の角を持ち、猩々(しょうじょう)と呼ばれる先導役に導かれて舞いを行います。猩々は、太くて赤い1.5mほどの、丸太棒を持って、腰には瓢箪をぶらさげています。ちょっと怖いお面。麒麟獅子の前に出て、まさにあやしているように踊ります。その姿と舞いは幽玄で神秘的、なおかつ他で見ることのできない独特のものです。普通の獅子舞と同じように、麒麟獅子に頭をかんでもらった子供は長生きをするとの言い伝えがあり、麒麟獅子舞が行われる際には、多くの人が集まります。
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